magical math

「ちょっと休憩しようかな」
誰にともなくそう呟くと、ぼくは、パソコンのモニタに向けていた視線を外した。
ぼくの他には誰もいない深夜の研究室。その中で、止まることのないサーバコンピューターがファンの音を響かせている。ぼくは、腕を上げて体を伸ばすと、気分転換に外にあるコンビニまで買い物に行くことにした。
パソコンをスリープさせる前に、もう一度だけ、さっきまで書いていた現代魔法のプログラムをチェックする。最近のぼくは、C言語で書かれた呪文の中に湧いた、バグと言われる小さな虫を退治する作業に追われていた。
やっぱりわからない。このバグ取りという作業が現代魔法で一番めんどくさい。こんなことなら紙と鉛筆だけでする魔法理論の研究にしておくべきだったのではないだろうか。ぼくは思った。


研究室でこんなことをしているぼくが言うのも変な話だが、魔法とは、その理論まで理解しなくても応用研究まで含めてあまり問題はないものだ。車のエンジンルームでマクスウェルの魔物が何をしてるのか知らなくても車を運転できるし、パソコンや携帯電話の中でプログラム言語で書かれた呪文が、内なる神にどう命令をしているかわからなくても、電話もゲームも出来る。大学まで来て魔法を、特に魔法理論を勉強しようというのは、ぼくが言うのもなんだが、やはりどこか変わっているのだろう。
それでも、ぼくはやっぱり現代魔法にも興味があるのだ。実際のところ、今ぼくが悩んでる現代魔法も、魔法理論とは切っても切れない関係にある。魔法解析の分野では方程式から近似とシュミレーションという名の現代魔法が作られている。魔方陣理論で有名な「四色定理(どんな魔方陣も4色で塗り分けられる)」も現代魔法で証明された。そんなわけで、プログラミング言語で効率的に呪文を紡ぐ技術が欲しい、と最近のぼくは頓にそう思っていた。なんとなく、その技術こそがぼくの行く末を照らしている気がするのだ。


やっぱり休憩しよう。書きかけの呪文をセーブしてPCをシャットダウンすると、ぼくは今度こそ本当にコンビニに向かった。講義棟から一歩外にでると、凛とした夜の冷たい空気が漂っていて、まだ冬の真っ只中であることを思い出させる。遠くのほうで梟の鳴く声が聞こえる。無駄に広くて木の多い大学だ。梟くらいいてもおかしくはない。
今度はぼくのすぐ近く、真上に近いところから泣き声が聞こえた。顔を上げて確認しようとしたぼくの目に、木々の間からたくさんの星が瞬きが飛び込んできた。広いところに出て、今度は一面に広がる満天の星空を見上げる。
冬になると、とくにこんな寒い日は空気が澄んでいて、普段より綺麗に星が見える。それ自体は魔法でもなんでもないけど、星空を見ているだけで今抱えている問題にも、いよいよ本格化しそうな就職活動にも少しだけやる気が出てきた。
もうちょっとだけ、がんばってみよう。

星の瞬き(またたき)がぼくの心に起こした変化、それは小さな、だけど本当の魔法に違いなかった。