夏休み
自転車をこぐ。
燃えるような初夏の太陽に容赦なく照らされ、汗だくになりながら急な坂道を登る。今日を最後に、しばらく着ることのない中学校の制服が暑苦しい。セミの大合唱はやむことを知らず、山を吹き抜ける風には木々のにおいがした。バカみたいに大きな入道雲が遠くに見える。
「あつい〜。まだつかないの〜?」
後ろを走るなつきが先に音をあげた。ぼくは自転車を降りてなつきを待った。
「ちょっと休憩しようよ」
さすがに自転車をこぐ気はないのだろう。ぼくに追いついたなつきは自転車に乗ろうとせずに押しながら歩き出した。夏を前にバッサリと切った、なつきのショートカットの髪が風になびく。
「こんなに登るって言わなかったじゃん」
「言ったよ。それに見晴らしがいいって言ったんだから、高いとこなのはわかるだろ」
「あんたのほうがいい自転車乗ってるし」
「なつきの自転車も整備してやったぞ。軽くなったって喜んでたじゃん。それに、こうやって押して歩いてたら関係ないって」
「そうかなぁ……」
無駄口をたたきながらしばらく歩くと、目的地の神社が見えてきた。自転車を置いて鳥居をくぐる。制服のスカートでバタバタと扇げるなつきが少し羨ましい。本来は手を清めるためにある水で喉を潤すと、ひしゃくをなつきにわたした。頭上に広がる葉の間を通り、短冊状になった日の光が、ぼくらを包む。
「こっちこっち」
ぼくはなつきを手招きした。この景色をなつきに見せたかったんだ。
眼下には、ぼくらが山向こうと呼ぶ隣街が小さく見える。まばらな民家と、太陽の光を吸収し豊な穂をつけようと青く輝く田んぼ。水田の間にある細い道を走る車はおもちゃのようだ。そして……
「わぁ!!」なつきが感嘆の声を上げる。「海だ……」
田んぼの向こうには太陽の光を反射してキラキラと輝く海が広がっている。波間には、一隻の船が小さく浮かんでいた。
「こんなに近くにあったんだ」
「行こうと思うとちょっと遠いけどな」
「行きたいな。海……」
「砂浜でも港でもないから行っても面白くないぞ。それに自転車でも一時間ぐらいかかるし」
「……」
「行くか?」
「うん」なつきが嬉しそうにうなずく。
遠いけど音を上げるなよ。そう言うとなつきは小さな胸を張って「大丈夫」と答えた。
そうして、ぼくらは山向こうに向けて自転車で坂道を下った。後ろに流れる景色と空気が心地よかった。